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『月ノ光太陽ノ影』AnotherMoon

◆ ◆ ◆

SS





――――――満開の、桜だった。
咲永学園の入学式。
これから始まる学園生活に、月並みに不安と期待の入り交じった気持ちで、校門をくぐる。
確かにその時の桜はすごくて、校門の両脇からずっと塀に沿って校内を取り囲む姿は圧巻だった。
だけど、私が学園内に入って、最初に目を奪われたのは…桜じゃなくて。

「君?……どうかしたの?」

「あ……」

しまった。もしかして、すんごい見ちゃってた?私……

「す、すいません……」

「いや……謝る事ないけど」

その人はクスクス、小さく笑った。一気に顔がカーッて熱くなるのが分かる。新入生がつける花の飾りのたくさん入った籠を持って、校門脇の桜の下に立っていた、その人。
天使が制服着たら、きっとこんな感じ?……なんて、ファンタジックな事考えちゃったほど、彼は、綺麗な人だった。多分、大抵の女の子が、一目惚れって言うのを体験できちゃうんじゃないかな。

「はい、これ。どうぞ、新入生さん」

「あ……ありがと、ございます」

彼が、私にも花をくれる。リボンで作っただけの簡素な花なのに、彼の白くて細長い指先で渡されると、なんだか新鮮な花に見えて、香りまでしてきそう。

何年生だろ、この人?新入生じゃないはずだから、間違いなく先輩なんだけど。


「どうしたのかな?付け方、分からない?」

「あ……、はい、どこに付ければ……」

「胸元に付けるんだよ」

「あ、ありがとうございます」

少し近付いた彼の首筋から香る匂い、これってデオドラント?石けんの、ふんわり良い匂い。朝、お風呂入って来たのかな。

やだ。……何考えてんだろ、私。……心臓、破れそう。
ドギマギしながら、少しだけ震える指でピンの針を真新しい制服の生地に通す。
不器用に花を付けて顔を上げると、彼はまだ、そこにいた。じっと、私の顔、見てる。一瞬、金縛りにあったみたいに、動けなくなった。色素の薄い瞳に、吸い込まれそう……。

「……あ、あの……」

「君……さ」

「はい」

「どこかで、会った事ある?俺と」

「えっ」

びっくりした。慌てて記憶のページをたぐる。
だけど、こんな綺麗な男の人、1回見たら忘れるわけないよ。

「多分……無いと、思うんですけど」

「……そっか。何でだろ、会った事ある気がするんだ」

「おい、聡!早速新入生ナンパかよ」

その時、他の花を配ってた人が彼をからかってきた。夢見心地だった気分から、一気に現実に引き戻される。

「ち、違うよ!もう……」

「ご……ごめんなさい!」

わけも分からずに慌てて謝った。だって、こんなカッコイイ人が、私なんかを相手にナンパなんて。無性に、申し訳なさ過ぎる。けど、彼は少しだけ赤い顔をして、柔らかく微笑んだ。

「はは、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど……」

「わ、私こそ……ごめんなさいっ」

ぺこっと深くお辞儀して、逃げるように早足で歩き出そうとして。

「あっ……、ちょっと」

少し切羽詰まったような声で呼び止められた。思わず、息を詰める。なんかもう、これ以上ドキドキしたら、入学式に貧血で倒れそうだよ……

「は、はい。なんですか……」

「その……さ。俺、二年の甲斐聡って言うんだけど」

「はい……」

あれ?……なんだか、聞いた事ある名前……

「美術部で副部長やってるんだ。……部活見学の時、良かったら、見に来てよ」

「は、はい!行きます!」

美術部って聞いた途端、嬉し過ぎて、思わず、大声出しちゃった。周りの人が見てるのに気が付いて、頬が燃える。
だって、本当に嬉しかった。私、絵を描くのも見るのも好きで、この学園では美術部に入ろうと思ってたから。この人が、そこにいるなんて。

「……ふふ。ありがとう」

ふわって笑う彼の顔に、胸元の花がほころんだ気がした。

────甲斐、聡……先輩。

そう。なんだか聞いた事あるって思ったけど、まさかこの人が、小さい頃から聞かされてた私の許嫁だったなんて、その時は思ってもみなかった。


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